続投です。
今日の応用情報処理試験の問題は難しかった…。
計算式は難しくないのですが、概念がよくわからない。
何をどうイメージしたらよいのだろう?
悶々としながら、次は「意匠の審査基準」を読み込みます。
その前に、ちょっとリフレッシュ。
甘いコーヒーを飲んだから、歯を磨いてついでに洗面台を掃除して
またハンドクリームを塗る。
意匠に関係する仕事に就きたいから、やっぱり目を肥やしておきたいなと
思っております。最近さぼってたな。
最近、大学院の話に触れたせいか、noteやブログのアクセスが急増しております。
大学院に関心のある方もいらっしゃるのかな?
私の場合は文系の大学院に進学しましたが、AIが普及していく中で文系の大学院の
進学率はどうなっていくのでしょうか?
理系の方は、これまでと変わらずかこれまで以上に進学率は増えていくのかな?
政府もてこ入れしている様子ですよね。
私などは修士どまりなので、論文のことを生意気に語ることなどできませんが、
うちの相方が言うには、論文も「センス」が必要だと。
じゃあ、どうやってセンスを身につければよいのか?
私が思うに、それは「目を肥やすこと」ではないかと。
なんにでもいえることだと思いますが、センスを身に着けたければ
目を肥やすことではないかと。
何かの本を読んだときに、書かれていたのですが、ただ単によいものを
見るだけではなくて、粗悪なものも見なければならないのだと。
そのへんの感覚が私にはまだよくわからないのですが。
お正月の、あの番組を思い出しますね。
「芸能人格付けチェック」だそうですね。今調べました。
話は逸れましたが、論文はお手本になるものを探して読んで、文体を学ぶことかなと
思います。
以前書いた記事を削除してしまいましたが、私は大学院時代に書庫に入ることを
許可された時代でしたので、そこでジャーナルを探すのがとても幸せな時間でした。
すらっと並んだ書庫に、無数のジャーナルが保管されていて、その中から探すのですが
非日常の空間でした。
ブログの記事に「宝島」という比喩を書いたと思います。
そう、あそこには宝物が眠っている。
薄暗い書庫の中で、お弁当を持参して一日中ここにいられる気がしました。
なぜ、こんな記事を書いているのかというと、今生成AIの恐ろしい話を
読んでいるからなんです。
この時代に必要な人の感覚というのは何か?
それは、偏った情報だけでなく、幅広い分野の情報を自分の目で見つけていかないと
いけない。それには、嗅覚も磨く必要があるように思います。
なぜ書店が減っていくのか?
これは非常に危険な傾向だと私は危惧しています。
新聞も情報の嗅覚を磨く素晴らしい媒体だと思います。
とにかく足を使って情報を取りに行く。
体感する。
何が本物で、何が偽物か見分けるセンスを磨く。
生意気なことを書き連ねましたが、参考になれば幸いです。
さて、意匠の勉強に戻ります。
それでは、また。