みなさん、こんにちは。
この記事を書くにあたって、長い長い散歩をしてきました。
思考の助走をしながら。
途中、「本居 宣長」のことを思い出しました。
彼がなぜ、古事記伝を著したのか。
なぜ文学だったのか。
そして、表題を何にしようかと悩んだ結果、
「表現者」という言葉を選びました。
西部氏が、どういう意味で「表現者」という言葉を使ったのかは
私には理解できませんでしたが、私なりの解釈では、
「言語の守り人」であり「戦士」であると考えています。
改めまして、今回ご紹介するのは
西部 邁(著)『知性の構造』(経営科学出版, 2023, 1500+税)
今回記事を書くにあたって、自分自身に突き付けられたのは
私には「書評」が書けないという事実。
批評でもなく、要約でもなく、単なる感想文でしかない。
情けない話です。
4年近く経つというのに。
それでも、どうにか振り絞って本書についての感想を書いてみたいと思います。
よければお付き合いください。
さて、本書を読まれた方はご存じのように、西部氏は経済学の教授を務めて
おられました。
そんな彼が、なぜ「言語」を主題とした本書を書いたのか?
そして、どうして「言語」と「政治」が関係しているのか?
みなさんは本書を読んで、そんな疑問を感じませんでしたか?
そうした疑問を解消するヒントとなったのが、以前ブログでも紹介した
渡辺 望(著)『西部邁 「非行保守」の思想家』(論創社)
です。
この本によると、私の推測では西部氏はアメリカの制度派経済学者
ヴェブレン(Thorstein Veblen)の影響を受けてこの本を書いたのではないかと。
本書P.94 9行目から11行目に
「さらに注目すべきは、ヴェブレンの理論で大きなウエイトを占めている
「象徴」「言語」「慣習」といった概念が、のちに確立されていく
西部の保守主義理論に強く継承されていくことだ」
と記述されています。
なぜ、ヴェブレンに共鳴したのかということについては、本書を
お読みいただければ、西部氏の生い立ちとの関係などもお分かりに
なるかと思います。
そして、政治との関係については、『知性の構造』の中でこのような
記述があります。
『知識は、ある意味で、政治である。政治の本質は「表現によって
他者の言動に影響を与えること」にあるのであり、そうであるならば
知識人の表現活動もまた、他者の知識や行為に影響を与えずには
おかないのであるから、政治的あらざるをえないのである。」(p.222)
うーん。納得がいくようないかないような。
しかし、それが西部氏のロジックであるに違いないのです。
本書のテーマは何かと問われると、私は
ひとつには我々日本人が罹患している病である「多弁症的失語症」の
処方箋と、もう一つは「知識人」への批判ではないかと考えます。
「知識人」への批判についても、『西部邁』(渡辺)に以下のように
記述されています。
「自身の知力を懐疑することのない「いわゆる知識人」
「専門主義化した知識人」こそ西部が敵対する「大衆」なのだ」(p.104 3行目~)
さて、みなさんはなぜ「知性の構造」が「言語」の話なのだろうかと
疑問に思いませんでしたでしょうか?
人間は、言葉を介して考えたり表現したり、情報を収集したりします。
西部氏は、本書において以下のように述べています。
「何ものであるかはわからねども真理がともかく存在すると
信じることにしたとき、その真理に近ずくことを可能にする、
おそらく人間にとって唯一の方法が言葉だということである。」(p.30)
それほどまでに重要な「言葉」であるにもかかわらず、現代のわれわれは
「多弁症的失語症」にかかっているというならば、深刻な問題ではありませんか。
それでは、どうすればよいのか?
是非本書をお読みいただき、言語が二重構造になっていること、
そしていかにその平衡を保てばよいのか、そのヒントを本書から学んでください。
さて、西部邁氏の文体からも滲み出る、人を引き付ける力の強い方だったようですが
一点だけ、私にはどうしても納得がいかない点があります。
「テクノマニアック(技術狂)」と揶揄ととれる表現にはいささか閉口しました。
西部氏が「伝統」を重んじるのであれば、技術もまた「伝統」を引き継ぎ
そして、モノづくりには「日本人の魂」が込められていると、私は思っています。
それさえも否定してしまうのだろうかと。
それはさて置き本書を2周しましたが、読めば読むほどに難解な本でした。
私自身、こうして文章を書き投稿する身としては、改めて言葉の難しさ
表現の難しさを意識しなければならないと、肝に銘じることにします。
そして生成AIが台頭している現在、改めて言語とは何か?
真の知性とは何か、問い直す必要があるように思います。
それでは、この本の旅はこれで終わりにしようと思います。
次回の本紹介は、「ソーシャル・イノベーション」について。
それでは、また。