みなさん、こんにちは。
春らしい商品が並び、心がウキウキします。

一足早く桜を味わいたいと思います。
今日の手作りおやつは、「抹茶蒸しパン」。

ネットで調べたレシピで、米粉と蜂蜜を使ったものが体によさそうだったので
それを作ってみました。

抹茶パウダーと書かれていたのですが、抹茶で作ってみたらほろ苦い蒸しパンが出来上がりました。
子どもに、苦い?と聞いてみましたが、ううん、大丈夫と。
あまりおいしくなかったかもしれませんね。
次はサツマイモ蒸しパンを作ろうかな。
蒸しパンは思ったより簡単に作れました。
最初はレンジで作ってみたところ、温めすぎてカチカチになったので
STAUBの鍋に水を貼り、蒸し器で作ってみました。
しっとり、ふっくら出来上がりました。
ちなみに、こんな新商品も無印さんで見つけました。

わかりますか?
蓋を外すと、右端の液体を入れる容器が入っているので、
麺類やサラダを持ち運ぶことができるという優れものでした。
お値段もお手ごろ。
これで、サラダランチを持ち運ぶのに助かります。
さてさて前置きがすっかり長くなりましたが、
この後はちょっと真面目なお話を書いてみようと思います。
テーマは、表題の通りで、本を読むということの意味について持論を
書いてみようと思います。
確かに、「情報」「知識」「答え」「エッセンス」が欲しいならば
本を読まなくても、楽に得られることができるようになった素晴らしい
時代ではありますが、それと同時に大切なものを失いつつあるような気がして
私は不安に感じています。
私のような、いち素人が生意気なことを書くのもどうかと思うのですが、
一読者として思うところを書き綴ってみようと思います。
私が思うに、読書を通じて何を本から得ているのか。
ざっと羅列してみますね。
1.文脈を読む力
2. 著者の生きざまが見えてくる
3. 著者の考え方
4. 著者の視点
5. 文体を味わう
6. 著者の、あるいは本が繰り広げる世界観
7. その中に浸る没入感
思いつくのはそんなところです。
例えば、「文脈」を読む力というのは、受験勉強だけでなく
実生活においても、仕事においても必要となる力だと思います。
点でしか物事が見えないのは、浅はかではないかと思うのです。
点と点を結ぶ線が見えてこそ、先が読める。
「著者の生きざま」というのは、今まさに私が読んでいる「西部邁」の本が
そうですね。
「知性の構造」という本を、字面だけ追っていてもわからない。
何か彼の人間性のようなものが背景にあるのではないか?
また、これは学問上ではどんな意義があり、どのように評価されたのだろうか?
あるいは、文体を通じて、著者の人となりや癖、性格などが伝わり
時を超えて、まるでその人が目の前にいるかのような錯覚にとらわれることすら
あります。
本の世界に没入する感覚は、私たちのイマジネーションを鍛えてくれますし、
そこから抜け出したとき、現実世界がいつもと少し違って見えたりします。
このブログを読んでいただいている読者の方々は、そんなこと言われなくても
本も文章も読んでるよという方々だと思いますが、ちょっと自分の頭の整理のために
書き出してみた次第です。
私が雑談を入れたりするのも、最初は本紹介だけでいいかなと思ったのですが
文章力だったり、語彙力、わかりやすさ、テクニカルな面などどれをとっても
ひけめがあるので、ならば書き手の人間性を出してみようかという試みでした。
文章というのは、単に文字の羅列ではなくて、そこに書き手の人間性が
現れることで、独特の風味が出てくると思います。
生成AIはそつのない、きれいな文章を作ることができるかもしれませんが
やがて量産化されて、いわゆるパッケージ化された「お菓子」のように
なるのではないでしょうか?
「ラムネ味」「イチゴ味」といったフレーバーがきっと付けられると思いますが
きっと、こう思う読者も現れるかもしれません。
「おいしいけど、なんか物足りないな」
たまには手作りのお菓子が食べてみたいなと。
さて、ここから少し話はそれるのですが、先ほどの「西部邁」氏の話。
「知性の構造」を読みながら、ずっと違和感を感じていたことがありました。
それは「保守」というキーワード。
そして、彼の専門分野が「経済学」だったということ。
これらの違和感は、別の本を読んで一応納得したのですが、
改めて思うことがあります。
学問と思想は切り離すことができないものなのかということ。
特に社会学は、政治的思想と切っても切り離せない学問なのかもしれませんね。
特に経済学は。
西部邁は、何を追求しようとしたのか。
本を読み終えた時、その答えに辿り着くことができるのだろうか?
私の能力では、到底難しい気がします。
とにもかくにも、もう少し西部邁氏の生きざまだけでも知りたいと思うので、
読書を再開するとしよう。
それでは、また。



