みなさん、こんばんは。
土曜日の夕方。ラジオを聞きながら投稿しています。
途中から聞き始めたので、番組終了後もう一度聞きなおそうと思います。
さきほど夕食を作っていたら、ポンと割った卵の中から双子の黄みが出てきました。
凄い!初めて見た。
子どもに見せると、それって生まれてたら双子だったんでしょ!
かわいそうだから食べられない、と。
え?どういう理屈なの?
仕方なく、目玉焼きにしました。
ちなみに今夜のメニューはとんかつとポテトサラダと少量のパスタにライスの
とんかつ定食。
私はサラダ。
さて、本題に入りましょう。
子どもからふと、そういえばあの服、洗濯に出してから帰ってこないんだけど
温かくて気に入ってたんだけど、と。
家中探しても見つからない。
まさか、強風で飛んで行ったのか?
結構重みもあると思うんだけど。
下の子は気に入った服を数着しか持たず、着まわすタイプ。
一枚でも無くすと洗濯が間に合わないな。
仕方ない、なくしたのが私のせいなら買ってやるか。
じゃあ、一緒に買いに行こうかと誘ったものの、今日は外出したくないらしく
センスがいいんだから任せるねと。
は?そんなわけあるかい!
と言いつつも、「センス」と言われると引くに引けない。
このブログを立ち上げる前から、「センス」を磨きたいと
節に願っています。私、試されている。
子どもが本心で思っているのか、うまく私を乗せたのかわかりませんが、
私が選ぶ服をだいたい気に入っているようです。
うちの子の「センス」の定義は、もしかしたら勘違いなのかもしれないなと
思うと、改めて「センス」って何だろうと思いなおすのでした。
自分の子どもの服を選ぶのと、自分の服を選ぶのは感覚が違うのかもしれませんね。
わが子の服選びは、わが子のことをよく知っているからこそ、そして少し
客観的に見れるからこそなのかもしれません。
どんな形や色の服が好みで、似合っているか、どう見られたいと思っているか
そんなことを考えながら選びます。
ところが自分の服選びになると、好きな服と似合う服とは一致しないんですよね。
何を着ても似合う外見だったらどんなに幸せか。
となると、いかに自分のことをよく知っているか、それがセンスの良い服選びに
なるということでしょうか。
何かの本で、「センス」磨きはまず服装からと書いてあったように記憶しています。
ファッションがセンスの登竜門なのか。
これはなかなかハードルが高いですね。
昨日、たまたま移動中に佐藤オオキさんの『半径50メートルのセカイ』
(ccメディアハウス)を読んだのですが、オオキさんの服選びが
スティーブン・ジョブズ氏と似ていたのがとても意外で
驚きました。
服選びに迷わなくていい。
なるほど。
足し算の美もあれば、引き算の美もある。
ちなみに私はというと、前日に翌日着る予定の服をセットして寝室に置いて
います。緊急時に備えているという意味もありますが、
朝起きて何を着るか迷うのが嫌なので。
あと、昔はふらりと立ち寄ったお店で気に入った服を買っていたのですが
最近は、買い替える機会も少なくなりましたが、
大体自分の好みのスタイルの服を扱っているなというブランドに絞って、
通販サイトで値引きされているものの中から選んで
購入したりしています。
そうすると、失敗が少なくなった気がします。
通販だと、思っていた色と違ったなと思うこともあるのですが
着てみると意外とそれはそれで馴染んだりして。
でも、この物価高ではしばらく余分な服は買えないな。
ちなみに、今回子どもに買った服も気に入ってくれました。
早速着ています。
Aにする?Bにする?と電話して聞くと、任せる、似合う方にして
と言われたので
結局全然違うタイプのCに掛けてみました。
あれ?前にもよく似た話を書いたような…。
みなさんのこだわりのファッションスタイルはありますか?
それでは、よい休日を!

